思い出の富山県
「一つ家に 遊女も 萩と月」芭蕉の奥の細道」市振での一句です。越後(新潟)から親知らず子知らずの先で、越中宮崎を過ぎた所です。この句に出会って、どう解釈するか疑問のままにいました。芭蕉が月で遊女が萩で見下ろしてなんていうのが一般的みたい。
勝手に想像しちゃいますが、あんな小さな集落ですからね、親知らず子知らずを一緒に超えて来たのかな。断崖絶壁で波が引いた時に渡って行くんです。まさに命がけの難所ですからね。これから向かうより、一緒に来たと仮定するのがロマンチックだしね。
市振の海岸でキャンプをしてましたよ。100軒くらいかな、小さな漁村でしたな。そして小さな駅で、キャンプ場は管理人が一人いるだけの寂しいキャンプ場でしたね。舞台となった旅館はすでに焼失してましたが、を海岸で昼間は暑いので糸魚川へ言って翡翠見つけに行ったけど見つからなかった。まあそんな簡単に見つかるもんではないけどね。今はジオパークになっている場所です。当時は何も規制なかったからね。
次は黒部に行ったね。コメリに始めていったのが黒部のコメリだった。全国に展開する前だったんだけどね。そこにあったのが黒部スイカだった。買おうとしたが価格がすごいのね。5千円くらいだった。皮が暑く、水分が蒸発しにくいのでお正月に食べるスイカなんだって。始めて見たフットボール型のスイカだった。外国へ行ってフットボール型のスイカを見ると市振を思い出します。
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